ぶらり会津旅

大河ドラマ「八重の桜」
毎週楽しく視聴しておりますが、早いものでもうすぐ最終回となります。
主人公八重が前半生を生きた街、会津。
すぐ隣県じゃん!
行くに決まってんじゃん!
鉄砲ぶっ放すじゃん!






まずは八重の桜の所感を

個人的な主観ですが、このドラマは今までの幕末物〜明治物の定石を打ち破った画期的なドラマだと思っています。
今までのこの時代を取り上げるなら
幕末ドラマ ; 幕末9割:明治1割
明治ドラマ ; 幕末1割:明治9割
この配分が鉄板でした。
唯一この配分を打ち破ったのは過去の大河ドラマ「翔ぶが如く」くらいと記憶しています。

しかるにこの「八重の桜」というドラマは幕末6割:明治4割の配分で、かつ敗軍の側から描き、しかもその敗軍の当事者が明治の時代の民衆革新の一翼を担ったというところが、徹頭徹尾薩長中心によって描かれる通常の明治物とは一線も二線も画しています。
さらに厳格な身分制度に依る武士社会において、言論の自由なんてありえない江戸時代から、僅か十数年後には一般民衆が声を上げ世論を興す原動力へと一気に変貌するワープ感がとてもすごい。
この二つの時代の果てしなく深い深淵を、わずか十数年でクリアした日本人は大したもんだと思わずにはいられません。
そして賊軍という汚名を着せられ冷遇された会津の人々が、明治の世で力強く生きる様がよく描写されており、この人達を育てた会津という街の気風、風土をこの身で感じてみたいと思わざるを得ません。
さらに、このドラマの一番の魅力、それは主演の綾瀬はるかさんのおっぱいバレーだと言うことはry(なんでもありません)。
そんなおっぱ…いや、会津の風土を感じたく、この度ぶらりと足を運んでみました。


鶴ヶ城

会津の中心にそびえ立つ、会津松平家の居城、会津若松城(鶴ヶ城)。
幕末戊辰戦争時の最大の激戦となった鶴ヶ城籠城戦の舞台です。
ここでおっぱ…いや、綾瀬はるか…いや、八重さんは鉄砲をぶっ放し、新政府軍に抵抗しました。
幕末のジャンヌダルクと言われる所以です。

会津若松市観光公社|鶴ヶ城 会津若松城 御薬園 松平家廟所| 悠久の時を超え、幕末の天守閣が今よみがえる

敷地内はまさに「八重の桜」フィーバー。
いたるところにのぼりが立てられ、観光客もたくさんいらっしゃいました。
城内の展示も充実しており、普段は展示していない様な歴史的貴重価値の高いモノもあり、ゆっくりと時間をかけての見学。
会津藩の成り立ちから、会津戦争の悲劇、その後まで、しっかりと会津の歴史をお勉強出来ましたし、天守から展望出来る風景を見ると、くるっと山に囲まれたまさに典型的な盆地に存在する街なのだと、地理的なお勉強も出来ました。

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そびえ立つ鶴ヶ城

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鶴ヶ城内の木々は紅葉してました


野口英世青春通り

鶴ヶ城を後にし、立ち寄ったのは野口英世青春通り。
この通り名は、医学者、野口英世が手術を受けた病院、会陽医院の跡などが周辺に存在し、野口英世と関係が深い通りである事から名付けられた様で、レンガ敷きの道路にレトロ感溢れる建物が並び、タイムスリップしたかのような大正モダンな空間がありました。
この街並みの一角にある和モダンな洋食屋さんにてランチタイム。
とても美味しく頂けて穏やかな気持ちになりました。

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優しい味のオムライス

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食後のデザートはベークドチーズケーキ

食後は青春通りを散策。
事前の検索で目的のショップがあり、そちらにお伺いする事に。
そのショップは 坂本これくしょん
漆器はもちろん漆を使用したオリジナルアクセサリーや雑貨を扱っているショップです。

坂本これくしょん オンラインショップ |SAKAMOTO COLLECTION

こちらで事前に見つけていた、漆器のビアグラスを購入!
ともすると漆の持つ重厚感と存在感は、使う者を選んでしまいそうな雰囲気を醸し出す事もありますが、こちらのグラスはもっとカジュアルにいろんなシーンで使えそうです。
実物を見たら一目惚れ!
お気に入りの逸品を手に入れる事が出来ました。

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坂本コレクションにて購入した、漆器のビアグラス(当方下戸、ファンタ持ってこい!)


向瀧

今回の旅のお宿は東山温泉 向瀧
ほんっとーに素晴らしいお宿でした!

【会津東山温泉 向瀧】公式HP 福島 会津若松 東山温泉の人気隠れ家 国登録文化財のレトロな老舗旅館 

建物自体が文化財登録されてあるという歴史を感じさせる、再現不可能といわれる木造建築。
エントランスを入った瞬間から、タイムスリップの非日常和空間へ誘ってくれます。
畑直送の野菜やお米、清流の川魚料理など、他では味わえない雰囲気と美味しさが最高!
予約する際の対応でも感じましたが、従業員の皆様の心遣いにも大変痛み入りました。
宿泊客の心に優しい老舗旅館で、ホッコリとした気持ちにさせて頂けるところです。
豪華絢爛なホテルや旅館も確かに素晴らしい。
こちらのお宿は決してラグジュアリー感があるとは言えません。
しかし日本人なら心の琴線に触れる侘び寂びの美しさと優しさがあります。
こういう雰囲気で寛げる幸せって最高ですよ。
「我、日本人に生まれけり」
と思わせて頂きました。
また、皇族の方がこちらに宿泊された際、
「今後鉄筋などで増築しないで、この状態で営業なされて頂けると嬉しいです。」
とまで仰せられたそうです。
逆の意味で考えれば、連れ添いの方にこのお宿への提案をしてみて
「えーっ、古臭ーい!」
「もっと豪華なところがいいー!」
などと答えるようなアーパーギャルであった場合、そのお付き合いは考えた方がよろしいでしょう。
これまでにいろんなお宿に宿泊させて頂きましたが、満足度はベストと断言出来るほどに素晴らしいお宿でした。
また宿泊したいと思わせてくれる数少ないお宿です。

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この外観に圧倒!建物自体が文化財登録されてある非常に趣のあるお宿

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お宿内の廊下は品と歴史を感じさせてくれます。

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客室から庭園を望む。侘び寂びですよ、侘び寂び。

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庭園をお散歩。侘び寂びですよ、侘び寂び。

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向瀧の庭園の木々。散りゆく葉の美しさよ。侘び寂びですよ、侘び寂び。

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豪華なホテルや旅館もいいけど、最終的にはこういう旅館に行きつきます。日本人で良かった。侘び寂びですよ、侘び寂び。

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庭園のあまりの素晴らしさに恍惚の表情。侘び寂びを知る男。だがこの男に侘び寂び無し、どちらかというとサビサビ。


飯盛山

会津戦争で忘れてはならないのが白虎隊士中二番隊の悲劇。
予備兵力であったはずの彼らを襲った悲劇の舞台、飯盛山に足を運ぶ事に。
彼らの墓前が並ぶ飯盛山の中腹は、少しだけヒヤッとする空気が流れている様に感じました。
他の団体様のガイドさんのお話を盗み聞きすると、先日鹿児島(薩摩)の団体様が訪れて、「肩身が狭いなぁ」と呟かれていたそうです。
それだけ沢山の方々が訪れる飯盛山。
彼らの愚直なまでのまだ若すぎる生涯は、未だに日本人の心を捉えて離さない様です。
さすがに墓前で写真を撮る行為は憚られたため記録には残しませんでしたが、しっかりと手を合わせ、彼らの御冥福をお祈りしました。
そして帰りの参道沿いのお店のおばちゃんに、ハイカラな傘を売りつけられました。

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飯盛山中腹にそびえ立つさざえ堂

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白虎隊士中二番隊の生き残りの一人、酒井峰二くんと愛犬クマの像


喜多方ラーメン

さてさてせっかく会津に来たのだからと、少々足を伸ばして喜多方へ。
喜多方と言えばラーメン。
行って来ました、喜多方ラーメン。
無数のラーメン屋さんが並んでおりますが、今回はベタにまこと食堂に向かいました。
細かい味の説明はラーメンマニアの皆様にお任せしてこの場では控えますが、中太の麺に濃い目のスープが絡み、食が進みます。
さすがに喜多方ラーメンの火付け役になったと言われる老舗ですね。
この喜多方の街には数多のラーメン店が散在しています。
どこが一番か?
こればかりはやはり個人の好みで、自分の足で歩いて好みのラーメンを見つけるしかないと思います。
でも、それがこの街を繰り返し訪れる魅力の一つに他ならないのかもしれません(偉そうに書きましたが、そんなに頻繁に訪れたことはないのですが)。

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まこと食堂の大盛チャーシューメン。美味しいお。でもこのボリュームは30代中盤のお腹に優しくないお。


蔵の街喜多方

食後は喜多方の街を散策。
喜多方には沢山の蔵が存在しています。
なぜ蔵が多いのかを調べてみると、昔から、喜多方には良質な地下水・米・麦・大豆の産出に恵まれ 酒・味噌・醤油・油などの醸造業が栄えその保存に蔵が必要だったそうです。
また、漆器業や蚕を飼う製絹業など地場産業に利用されました。
喜多方地方には、棟梁・建具・左官・塗工の分野に創意工夫に富んだ名工がおり、斬新卓越な職人がいました。
この地では昔から「男40にして蔵の一つも建てられないようでは男でない」とも言われ、蔵を建てることが生涯の夢とされていたそうです。
そのような土壌があったところへ明治時代初期、それまで藩の圧力によって押さえつけられていた商人・旦那衆の欲求が開放され、金に糸目をつけない豪華な蔵造りの建物を建てました。
そういう意味で、会津は武士の創った街、喜多方は町人の創った街と言えるとの事。
現在は蔵を利用した喫茶店や様々なお店が立ち並んでおり、ある種荘厳な雰囲気を醸し出しています。
蔵で出来たその名も「喫茶くら」でお茶を堪能。

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喜多方の喫茶くらにて。「クリエーターの方?」と言われて「いえ、普通の営業です」とハキハキ答えました

また、お茶の後は刻字家の高橋政巳さんの工房にお邪魔して、自分の名前に使われている漢字本来の意味をレクチャーして頂き、古代文字にて名前を書いて下さりました。
私の名前「聡」。
実はこの漢字はとても素晴らしい意味がある事を初めて知りました。
そして、その意味に沿う様な人間になれる様、意識していかなければと身が引き締まる次第です。
高橋さん、ありがとうございました。

樂篆家 高橋政巳 MASAMI TAKAHASHI :::漢字は楽しい。刻字家高橋政巳の公式サイト:::

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刻字家高橋政巳さんから、自分の名前を古文字で書き起こしてもらいました。


魅力溢れる会津という街

会津。
とても魅力のある街でした。
「歴史は勝者により作られる」
俗に言われる言葉です。
我々が歴史の教科書で習う歴史的事象には決して描かれる事のない、敗者側の視線。
非常に興味深い事ですが、例えば大半の日本人、特に広島・長崎の方に「過去の戦争」という言葉で思い浮かべるのは第二次世界大戦だそうです。
実際に私もそうです。
しかし第二次世界大戦で被害の少なかった会津の方々に聞くと過去の戦争=会津戦争を思い浮かべるとの事(出展がWikipediaなので、事の真相は分かり兼ねますが)。
それだけ会津にとって、幕末・明治での悲劇や屈辱は相当なものだったのでしょう。
しかし会津という街は、そのような悲劇を決して廃れさせる事なく現代に伝えており、先人の息吹を如実に感じさせる街でした。
もちろん薩長側をdisっている訳ではありません。
日本を近代国家へと成長せしめたのは間違いなく新政府ですからね。
勝者・敗者、両者各々に義があり誠があります。
両者の思想を広い視点で捉えて歴史的検証を行う事が非常に大事な事だなと、エセ歴史マニアは思ったのでした。

歴史的な事を除いたとしても、会津は非常に魅力的な街でした。
食べ物も美味しく、風光明媚なところも多く、余所の観光地と比べるといい意味で「The 観光地」というような雑多な雰囲気が皆無。
時間に追われる事もなく、落ち着いた街並みに身を置き、ゆったりと優しい、それでいて心躍る素晴らしい旅が出来ました。
幸運な事に、全国津々浦々様々なところに行かせて頂く機会がありましたが、その中でも特に印象に残る旅が出来たと実感しています。

また、旅行というものはその時の自分の状態で楽しさが変わってくるのだなと感じています。
正直会津を訪れたのは今回が初めてではありません。
ですが、前回訪れた時よりも比べものにならない程に楽しめました。
というよりも、どこに旅行に出かけた時よりも楽しめました。
うまく表現する事が難しいのですが、単純に「ワーッ!」「キャー!」と楽しいのではなく、こう、腹に「グッとくる」楽しさと言いますか、実質を伴う楽しさであったように思います。
そう感じられるのは自分の精神状態がとても良い状態だという事でしょう。
とても喜ばしい事です。

ありがとう、会津。
きっとまた行きます。
ありがとう。