せいしょこさんの熊本城

2016年4月14日以降、熊本県や大分県にて連続して地震が発生しています。
お亡くなりになった方々へ哀悼の意を申し上げますとともに、現在もなお避難生活を余儀無くされている皆様へお見舞い申し上げます。
一日も早い復興を心から祈願しております。





熊本城の衝撃的な映像

一連の地震の報道で、一番衝撃を受けたのが熊本城の映像でした。
被害は、石垣の一部が6箇所以上の崩落、重要文化財の塀が長さ100メートルにわたって倒壊し、天守・櫓の屋根瓦や鯱も落下しました。
また東十八間櫓と北十八間櫓が倒壊しています。

前震とされる14日の地震時の映像で、地震の揺れで軋んでしまい舞い上がったと思われる埃が、ライトアップされた天守の周りにまるで白いオーラの如く見えた光景が(不謹慎ですが)不気味な美しさを呈していたのが印象に残っています。
その後各種SNSで石垣や櫓が倒壊した画像が出回り始め、今回の地震がただ事ではないことを実感させられました。
事実28時間後に本震が猛威をふるい、その後の惨状は皆様ご存知の通りです。


熊本城と清正公(せいしょこ)さん

熊本城(くまもとじょう)は、現在の熊本県熊本市中央区に築かれた安土桃山時代から江戸時代の日本の城。
別名「銀杏城(ぎんなんじょう)」。
加藤清正が中世城郭を取り込み改築した平山城で、加藤氏改易後の江戸時代の大半は熊本藩細川家の居城。
明治の西南戦争の戦場となった。
現存する宇土櫓などの櫓・城門・塀13棟は国の重要文化財に指定されている。
また、城跡は「熊本城跡」として国の特別史跡に指定されている。
日本三名城の一つとされ、「清正流(せいしょうりゅう)」と呼ばれる石垣の上に御殿、大小天守、五階櫓などが詰め込んだように建てられ、一大名の城としては「日本一」であるとの評価がある。
サクラの名所としても知られており、日本さくら名所100選に選定されている。

Wikipediaより引用


熊本といえば真っ先に熊本城と脳裏に浮かぶほど有名な城郭です。
有名武将であり築城の名手と名高い ” 加藤清正 ” が現在残る形に改築したことで知られています。
僕のような歴史好き・お城好きな人間ではなくとも、加藤清正と熊本城はご存知の方も多いはずです。
清正死後の加藤家は、三男・忠広が跡を継ぎましたが改易となり、出羽庄内藩にお預けとなりました。
加藤家の家系は山形県酒田市大字新堀などで続いているとのことで、実は山形県にも縁があります。

西南戦争時、熊本城は政府軍の重要拠点であると同時に西郷軍の重要攻略目標となりました。
政府軍と西郷軍の間には田原坂の戦いを含む激しい攻防が行われましたが、熊本城は4000人の籠城で、西郷軍14000人の攻撃に耐え、撃退に成功しています。
熊本城を甘く見ていた西郷軍は、誰一人として城内に侵入することができませんでした。
この時西郷隆盛は「おいどんは官軍に負けたとじゃなか、清正公に負けたとでごわす」と漏らしたといいます。
築城の名手、清正の名手たる所以を物語るエピソードです。

手前味噌ながら僕も2004年10月に足を運んだことがあり、その雄大な姿にしばし呆然と眺めていたことが思い出されます。
天守にたどり着くのに右へ左へ何度も迂回、ようやく天守にたどり着いても「武者返し」と呼ばれる形状の石垣や「忍び返し」という鉄串が仕込んであったり、籠城に備えた大きな井戸がたくさん存在していたりと、素人の僕が見ても鉄壁の城で、堕とそうとしたってこれじゃ堕とせないよなと実感した次第です。
とにかくすごい城だと。

熊本から遠く離れた僕でさえ、熊本城と加藤清正のすごさを今だに思い出せるほどです。
また、「清正公(せいしょこ)さん」として現在も種々の史跡や祭りなどにも取りあげられているとのこと、当地熊本の方々の熊本城と加藤清正に対する畏敬の念は相当なものであるのだろうことは想像に難くありません。
ある意味熊本城は、熊本の方々の郷土の誇りであり、心の支えであり、そして拠り所なのでは?と思います。


ランドマーク熊本城

今回の地震によって熊本城は大打撃を受けました。
そしてそれ以上に、熊本にお住いの方々は当たり前だった日常の生活を失うという大打撃を受けました。
そしてまだ地震が収まる兆候もなく、復興の目処すら立っていない状況のようです。
大惨事です。

山形在住の僕が体験した5年前の震災時、揺れは凄かったものの周りに物的損壊もなく、隣県被災地の方々と比較するのが申し訳ないほどにその影響は軽微なものでした(一時ガソリン供給量が減ったりといった影響はありましたが)。
そんな僕がこの大惨事にあたり「あの時はこうだったから今こうしよう」なんてことは、恥ずかしくて口が裂けても言えません。
言うつもりもありません。
そして薄情なようですが、数々の映像でその惨状を認識はしているものの、実際にその揺れを体感していないため「大変なことが起きている」という事実は分かっているつもりですが、どこか他人事であることは否定できません(当地の方々には大変心苦しいのですが)。
そんな僕に何ができるのか?と自問しても、当然答えは出てきません。
今まさに熊本の方々は悪夢を見ているような面持ちでしょう。
心もささくれ立ち、今日生きることに精一杯という状況はテレビやラジオやインターネットが教えてくれます。

天災とは非常に怖いもので、昨日までの穏やかな日常が一瞬にして地獄絵図になってしまいます。
人間は非力でちっぽけで、人間の力など天災の前ではあまりに無力と感じてしまうのではないでしょうか?
でも、僕は思いました。
心に余裕ができたら上を見上げて頂きたいのです。
「清正公(せいしょこ)さん」という人間が築いたお城は、ボロボロに傷つきましたが、それでもそこに雄大にそびえ立っています。
築城から400年以上経過してもなお、これだけ大きな地震にも負けず、立派にそびえ立っています。
これは人間が天災に打ち勝ったと言えないでしょうか?
天災に打ち勝った清正公(せいしょこ)さんの熊本城が、明日の見えない当地の方々の心のランドマークとして、雄弁に何かを語ってくれるような気がしてなりません。
そしてそうあってほしいと切に願っています。


最後に

今まさに被災している方々の心情を考えれば、この記事は書かないほうがよかったのかもしれません。
何度も何度も推敲し、何度も何度も書き直しましたが、それでもこの記事を読んで心を痛める方がいらっしゃるかもしれませんし、お怒りになる方がいらっしゃるかもしれません。
もしそうだとしたら、当方の想像力が著しく欠如しているものだと思いますのでご遠慮なく申し出て頂ければ幸いです。
願わくば、この記事が被災しているどなたかの目に止まり、少しだけでも心安らかになって頂ければそれだけで本望です。
でもそれは僕の文章ではなく、皆様が誇りにしている清正公(せいしょこ)さんの熊本城のおかげです。
しつこいようですが、一日も早い熊本の復興を心から祈願しこのエントリーを結びます。