幸せな病と不幸な病
5月 30th, 2009 | by 3104 |
歳を重ねるというのは素晴らしい事である。
様々な感動・種々の感情を経験し、自身の幅がどんどん広がってゆく。
経験値を重ねる事で、若年の頃には全く考えもしなかった思考や行動をするようになる。
自身の人生を豊かにするために、我々は日々研鑽しているのかもしれない。
しかし、何か忘れていないだろうか?
そう、我々は少しずつ、確実に、自身の『死』に近づいているという事を。
私事で恐縮であるが、私の母方の祖父が2度目の脳梗塞で入院した。
素人の私が説明すると語弊が生じる可能性があるので、脳梗塞とは何かWikipedeiaから引用させて頂く。
脳梗塞(のうこうそく : cerebral infarction/stroke)とは、脳を栄養する動脈の閉塞、または狭窄のため、脳虚血を来たし、脳組織が酸素、または栄養の不足のため壊死、または壊死に近い状態になる事をいう。
また、それによる諸症状も脳梗塞と呼ばれる事がある。
なかでも、症状が激烈で(片麻痺、意識障害、失語など)突然に発症したものは、他の原因によるものも含め、一般に脳卒中と呼ばれる。
それに対して、緩徐に進行して痴呆(脳血管性痴呆)などの形をとるものもある。
日本人の死亡原因の中でも多くを占めている高頻度な疾患である上、後遺症を残して介護が必要となることが多く福祉の面でも大きな課題を伴う疾患である。
不幸中の幸いとも言うべきか、2度目となる今回の発症も比較的早期に発見したため、若干の言語のもつれ以外、今のところ重篤な症状は無い。
しかし、1ヶ月程度の入院は必要との事。
2度目とはいえ、身内のこういった知らせには全くもって慣れない。
慣れたくもない。
だが、私自身歳を重ねているのと同じように、周りの人も歳を重ねている。
歳を重ねると、少しずつではあるが確実に不幸な出来事も増えてくる。
歳を重ねるという事は素晴らしい反面、非常に酷な事の様にも思える。
私の父方の祖父は、私が小学2年生の時にくも膜下出血で倒れ、そのまま回復することなく逝ってしまった。
倒れているのを発見したのは当時まだ3歳だった私の弟。
弟は未だにその光景だけははっきりと覚えているという。
今回の母方の祖父だって、同じような可能性があったのだ。
考えただけで悪寒がする。
祖父の入院で私が強く感じたのは、病にも『幸せな病』と『不幸な病』があるのでは?という事だ。
勘違いしないで頂きたいのは、病を患ってしまった患者さんにとっては、その病は間違いなく『不幸な病』である。
私が言っているのは、患者さんのご家族・身内にとっての『幸せな病』と『不幸な病』という事だ。
ご存知のとおり、私は心臓疾患専門の医療機器販売を生業としているので、日々いろんな患者さんを目の当たりにする。
心臓は脳と同じくらい人間が生存するのに大事な機能を有している。
従って、心臓の病は生死に関わる非常に重篤な病だ。
発症してからわずかな時間でも、あっという間に天に召されてしまう事だってある。
脳梗塞も心筋梗塞も理屈は同じ。
非常に大事な臓器であるが故に、酸素欠乏には非常に弱い。
あっという間に大事な人を喪ってしまうかもしれない。
近しい家族にとってみれば、喪う覚悟が全く出来ていないままに喪ってしまう事があるという点で、非常に『不幸な病』だと思う。
日本人の三大死因とも言われる疾患のうち、脳血管疾患・心臓病はすでに記述したとおり。
残る疾患である『癌』はどうだろうか?
癌について書く前に、まず深く謝罪しておく。
私は、身近な人間を癌で喪った事がない。
患者さんはもちろん、ご家族の方も本当に大変な苦しみであることは想像に難くない。
想像に難くないのだが、私自身に身近でそういった経験が無いため、そういう経験をした、または現在そういう経験をしているという方々の心中を逆撫でしてしまう事を書いてしまうかもしれない。
(私のイメージだが)癌は発見されて数日後に逝ってしまうというのがほぼ皆無のように思う。
治療は長期化し、長期化するが故に患者さんもご家族も非常に苦痛を強いられる。
患者さんはもちろんであるが、ご家族の心労も言葉では言い表せない程であろう。
しかし、非常に不謹慎だが、治療が長引けば長引く程、ご家族の方は大事な方の最期を覚悟する事が出来てしまうのではないだろうか?
非常に悲しい事だが、そういう意味で癌という病は、脳血管疾患・心臓病と比べて『幸せな病』なのかもしれない。
身近な人を亡くすことなど、誰も望んでいないし、考えたくもない。
病に幸せなものなどない事は承知している。
このエントリーで気分を害した方がいらっしゃったら、再度深く深く謝罪させて頂く。
でも、この世に生を受けた以上、誰にでも必ず『死』は訪れる。
大事な人を見送り、最期は自分が見送られる。
『おくりびと』という映画が日本国内でも海外でも評価されたのは、普遍性があり、人種・国民性に関係がなく、誰もが目を伏せたがるが誰にも避けることが出来ない、人間の生と死に関するテーマだったからだと理解している。
人は自分の死に様を、自分で選ぶ事は出来ない。
だからなおさら、私は『不幸な病』になってしまった祖父に、まだまだ元気でいて欲しいのだ。
私達家族をもの凄く不安にさせた借りを、長生きして私達家族に返して欲しいと思う。
生きていてくれる事以外は何も望んでいない。
祖父の早期回復を心より祈願して、このエントリーを結ぶ。
『ジィよぉ、慌てずゆっくり治して、アンタの曾孫抱っこしてくれなぁ!!!』

